こんにちは。あるいはこんばんは。

的確な意見とや見解を見つけるのは難しく、そのためには嫌なものをつい考えてしまう心が邪魔をするので今回も「ウェーブ1ディスカバリー#4 リリースとリチャージ」を行ってみました。
やはり今回も、改めて行う事で見つかる事も何か有るのかなと淡い期待を抱きつつ。

それでは、体験をば。
もう皆さんご存知のように、このエクササイズは恐怖心を洗い流し、出てきた感情も洗い流し、残った記憶だけを内に留めるために戻す。こういったエクササイズです。

水に落とした貝殻

恐怖心。それは人とであったときに、触れ合ったときにいやな事を言われたらどうしようと言う恐怖心です。心臓に毛が生えた人でも多かれ少なかれあると思います。ペルソナを使ってその場をさらりとやり過ごす、と言う手もあるのでしょうが、ここでは直接ぶつかってきた場合の恐怖心となります。本音を言い合うことは恐ろしい事ですが、そういった相手がいることはこの上ない幸運な事だと思います。

──それを、水底から湧き上がる気泡のように情報に押し上げ、はるか遠方に流す。押し流す。

上手く行ったかどうか自信はありませんが、剥がれました。

感情。それは自分にとって的外れな事を言われてしまった場合の落胆の感情。人それぞれですから、そういった行き違いは日常茶飯事ですが少しでも的確なすり合わせを期待していた場合、失望は大きくなります。ただ、こちら側だけが一方に対して過大な期待を寄せていてもそれで上手く返答が有ると考えるのは雲を掴むような話でまずありえないこと。ここを再認識した上で手放すように促します。過剰な期待をしないことです。

これも上手く行ったかどうかはわかりませんが、とりあえず流しました。

そして記憶。膨大な雑事の中から宝石のような煌きの一言を聞けたときの喜び。ごくまれですが的確に、ピンポイントに本質を突いてくるアドバイス。相手が気づいていなくとも、自分の中でこれ見つけたときの嬉しさ。相手と議論し、たわいのない言葉のやり取りの結果に積み上げてきた思考の中から導き出された推論が上手くいきそうだと判断できたとき。

これは嬉しい事の重なりです。先が開けます。

それを可能にするのが「集合知」なのでしょう。個人がなるだけ多くの文物に触れることも重要ですが、複数人でブレインストーミングを行うことも役に立つのかなと。一人でやるよりははるかにマシなのです。

一人で出来る事には限界があります。なので別視点から物事を見てくれる存在と言うものはとても貴重です。逆に、同じ方向を向いている人と話をしても、「うん、そうだね」と全肯定してくれるだけで全くの役には立たないでしょう。

初めは散漫、数分たってからの収束に向けての議論、やがて導き出される結論。例えその結論がすぐに手に届くところになくとも、そこに向けて少しでも改善、自分の見方、今までの考え方やあり方をより良い方向に向けて変えていくことが出来るのならば、それに勝る事はないと思うのです。


今回は少し難しく抽象的なお話になってしまいました。
面白くなかったかと思いますが、このような視点も、これすらも通過点ということでご容赦を。

それでは今回はこのあたりで。
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