こんにちは。

今日も#フォーカス10序章です。涙を流すことに疑問を持ちまして。で、やっぱりエクササイズ中に涙を流しました。幻視する前のことです。やっぱり涙が流れ落ちます。片目から流れ出すようです。左右どちらからとは決まっていないようなのですが。不思議ですよね。


リラックスの練習は大事だと思います。とにかくゆったりとなる。普段あくせくしていても、ゆったりと落ち着いた時間は必要だと思います。そして聴くヘミシンクとガイダンス。それに誘導されるこのリラックス感こそ涙を流す原因なのかもしれませんね。

で、そのフォーカス10の先で何を見たかと言いますと。

波打ち際
波打ち際でした。遠くに赤いワンピースを着た黒髪ロングの娘さんです。いつものアニマだとわかります。
アニマ。それは心理学者の考えた概念です。

カール・グスタフ・ユングは、「すべての中で最も顕著な自律性の集合体である。それは男性の女性との相互作用と女性への態度を影響と同様に、夢の中に現れる像としてそれ自身が現れる。アニマ・アニムスの過程を想像力の一つの源である」とした。

ユングはまた、個性化における段階のたとえとして、との出会いは見習い工による「習作」、そしてアニマとの出会いは名工による「傑作」である、とも述べている。

アニマ

男性無意識人格の女性的な側面を元型と規定した。男性が持つ全ての女性的な心理学的性質がこれにあたる。

男性の有する未発達のエロス(関係の原理)でもあり、異性としての女性に投影されることもある、とする。

幼年期の母の投影に始まり、姉妹、おば、グノーシス主義におけるソピアーまたは「叡智」と呼ばれる段階で結ばれる、教師の要素を持つ将来の性的伴侶及び続く関係に続く典型的な発展における四重の理論を唱えた。

アニムス

女性の無意識人格の男性的な側を意味する。

女性の有する未発達のロゴス(裁断の原理)でもあり、異性としての男性に投影される。

アニマと比べて集合的であり、男性が一つのアニマしか持たないのに対し、女性は複数のアニムスを持つとされた。

女性が精神の中に類似の、男性的な属性と潜在力であるアニムスを持つと信じた。


はじめ、私はすでに知り合いである彼女と言葉を交わしません。
ただ、静かにどちらからともなく波打ち際を近づいていきます。距離がつまり、お互い顔がわかる距離になると彼女はむくれた様子で、

「最近会いに来てくれないのね」
「近いうちに会いにいくさ」
「はいはい。私に縋らなくてもいいの?」
「縋りたいけど、がんばっている事があるんだ」
「そう。何か始めたのね」と笑み。
「上手くいけばいいわね」
「力を貸してくれるんだろう?」
「あなたしだいね。あなたの努力しだい」

と愛情めいているがそっけない感じの彼女でした。彼女とは女友達といった感じです。彼女の特徴として決まって出るのは赤い服を必ず身に着けていること。
私は彼女のことをガイドとは呼ばず、あえてアニマと呼んでいます。名前は付けていないので、お互い名前で呼ぶこともありません。
時には胸を貸してくれたり、抱きしめてくれたり、頭をなでてくれる愛しい存在となっていますが、それが現実世界に反映されることはあまりないかも。
この行いや行動、助言全てを通して私は彼女のことをアニマと認識しています。
ヘミシンクの呼ぶガイドとは違う存在だと思っているのです。彼女は大抵フォーカス12を超えると現れることが多いのですが、今回はフォーカス10で現れました。痺れを切らしたのか相手のほうから私に会いにきてくれたようなのです。最近会っていませんでしたからね。
ちなみにフォーカス12を超えるとガイドともいうべき別の人物がアニマのそばに現れたりもします。ただ、その人たちは総じて寡黙です。黙っています。私とアニマとの結びつきがあまりにも強いために彼らの出番がないのかも。よくわかりません。
心理学的には、アニマやアニムスは一人に統合されているべきであるので、何人も女性が出てこないのはそれはそれで正しい姿だと思っています。ひるがえってガイドとは、心理学的にはワイズマンにあたるのではないのだろうかと思えるのです。

ワイズマン

 男性にとって、成長の最終的到達点です。現実の社会的な権威をはるかに超える、仙人のようなイメージだといいます。あらゆる知識を身につけ、悟り、永遠の生命をもち得た人間、と言ったところでしょうか。
 グレートマザー同様、老賢人は女性にとって、しばしばファザー・コンプレックスと結びつくといいます。
 老賢人は夢の中では、学者や仙人、権威ある男性の姿を取って、成長の導き手となるそうです。老人のイメージとは逆に、永遠の少年の姿を取ることもあるそうです。ただ、やはり他のイメージ同様否定的な面も持ち合わせていて、時には悪の大王や冥界の王になったりもするといいます。雷に姿を変えることもあるそうです。

また、シャドウやグレートマザーはエネルギー変換ボックスで封印しているから出番はないと思いますし。

シャドウ

 もう一人の自分。人は生まれた時、様々な性格を形作る可能性を持ちますが、その後の生育環境の中で、今の自分のパーソナリティが形成された。
それ以外の、可能性はあったのだけれどそうはならなかった自分の性格が、もう一人の自分、分身といえます。それがシャドウです。
 シャドウは夢の中では、自分と同じ性(男性なら男性、女性なら女性)の兄弟姉妹や友人、見知らぬ人の形をとって現われます。 そして往々にして感じが悪かったり恐ろしい印象を持ったりしがちだといいます。それは、たぶん現在の自分のパーソナリティが、 分身の存在に対して感じている気持ちが、反映されているのでしょう。『そうなったかもしれない』ということは、自分にとって自らの存在が脅かされるような気分がする、もしくは邪魔だ、 そう感じるのかもしれません。
 まだ自我に認識されないシャドウは、黒っぽい動物や黒っぽい形のはっきりしない人などの形をとって現われるといいます。
 シャドウに限らず、すべてのアーキタイプにおいて、認識されない初期段階のアーキタイプは黒っぽいイメージを取るようです。

グレート・マザー

 あらゆる物を育てる偉大な母のイメージで、女性の成長の究極的な目標だとされています。
 ただ、母という要素には二面性があり、一つには子どもを慈しんではぐぐむ力、もう一つは子供を束縛し、のみこんで破滅させてしまう恐ろしい力です。
 女性だけでなく、グレートマザーのイメージは男性にも重要な意味を持ちます。すなわち、母の影響力から逃れること、自立、精神的乳離れの際に、このグレートマザーと対決しなければならないと。
 夢に現われるグレートマザーは、年長の女性、女神、老婆、魔女などの姿を取り、否定的イメージが強い時には鬼婆、化け猫、メスの猛獣、渦巻きなどの姿になるそうです。

まあ、こんなところです。
彼女と話した事は実にたあいもない話でした。
海岸の出会い。それなりに大人の出会いだったと感じます。適度に気分がほぐれました。
彼女に感謝です。

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