こんにちは。

ウェーブ1-ディスカバリー#オリエンテーション。
今日もこれを聴いたわけですが、昨日書ききれなかった部分、見逃していた部分について書きますね。


でも、その前に。
信じなければ効果はありません。疑ってかかると全てが水の泡だと思います。
何の役にも立たない無駄な時間を過ごすというわけですね。

では本題。

注意深くCDのガイダンス音声を聴いていますと、いつもやっている呼吸法など穴があったことにいくつも思い当たりました。時々初心に帰って基礎を振り返ることは大切なのかもしれません。

まず緊張を取れ、あなたにとって一番楽な姿勢をとれ、と言われますが難しいと思います。
寝転がりましょう。これが一番です。

波のエネルギーについて。
物質は突き詰めると波です。偉い物理学の博士も言っています。
「波」を前提としてこのエクササイズは作られているので、ここは信じて話に乗りましょう。

呼吸法ですが(レゾナンスチューニングと呼ばれています)、目を開けて鼻から息を吸います。エネルギー(エーテルのことだと思います)で体内全てを満たし(特に頭、脳内に染み渡るように、体全体にエネルギーが充満するようにイメージし)ます。そして一度、息を止め、目を閉じてから口をすぼませてある周波数に乗せた発音で息を吐くのです。この繰り返しにより、脳と体が共鳴し、脳と体をある特定の意識状態に導く仕掛けとなっています。

と、言うことは発声も恥ずかしがらずにきちんと行うことが大事、と言うことです。それと、いちいち瞼を開け閉めするのもめんどくさいですが、習慣化することによる催眠効果を狙ってのことだと思うのでこれも大事だと思います。

繰り返すと体が痺れて、あるいはジンジンしてくるはずです。もっと慣れてくると、呼吸法を何度も繰り返さなくともすぐにこの状態に体が変わ(慣れ)ると思います(少なくとも私はそうでした)。

そしてリラックス。
リラックスするときは頭のてっぺんに一度、意識を集中して集中を解きます。
体というよりもまず手足が重くなる、力が抜けきり、体の肉の重さを感じる弛緩した状態になればOKです。
リラックス法については、このCDに入っている次のプラクティス(#フォーカス10序章)で詳しく説明されています。

そして次に頑丈な箱(エネルギー変換ボックスと呼ばれています)を用意します。この箱には気に食わないこと、嫌なこと、負の感情を呼び起こされるものを閉まっておく役割を果たします。
しっかりと嫌なこと、妙な思い出、怒りの感情のような負の感情をきちんと入れてしっかりとフタをし、無限遠、遥か遠くの彼方まで追いやっておかないとエクササイズ中に邪念があふれ出すことになります。そうなったら速攻で箱に戻ってその嫌な気持ちを箱に放り込み、すばやくフタをして元に戻れば良いと思うのですが、これには慣れが必要かもしれません。小冊子にはその嫌なもの(嫌いなこと、思い出)を品物や写真など、形のあるものとして(象徴)として箱に直しこむのが良いとあります。私の場合は特に形にせずに直接ポンポン投げ入れていますが、どうなのでしょう。
嫌なこと、負の感情の湧き出る象徴の形を投げ入れるの確かに一つの手かもしれません。嫌いな出来事のきっかけとなった品。嫌いな人が大切にしている品。これらを箱の中にしまいこむ。これらの実物はなくてもつい思い出してしまうこれらの品々をエネルギー変換ボックスに過ぎ次に放りこんで重いふたをのせ、入れたものが外に出てこないようにしっかりとフタを閉じる。そして全速力で箱から離れ、視界から消す。うん、非常に良くできたシステムだと思います。これならプラクティスの途中で邪念に悩まされることもありません。

次。アファメーション。

「自分は肉体だけの存在ではない。肉体以上の存在だからこそ、私は、物質を超えたエネルギーとエネルギー系(径?)を押し広げ、体感し、知り、理解し、コントロールし、使いこなしたい。それは自分や周りの人間に何かをもたらしてくれるだろう。だから、自分と同じか自分以上の知識や経験を持つ知的生命体の協力や援助、理解が欲しい」

なんだかこれだけ聴くと某架空大陸名の雑誌を思い出す「トンデモ」な内容ですが、大事なところだけ超意訳してみると「人は世界はつながってるよ、一人じゃないよ、誰かやさしい人がいたなら助けてよ」ってことだと思います。要は自分に暗示をかけ、世界にお願いするわけですね。

これからも分かるように、「信じなければ何も進まない」。これがヘミシンクです。

ああ、プラクティスの途中で体がかゆくなってもかまわず掻くていいと思います。むしろそのまま我慢しておくほうが集中が乱れるはずです(経験談)。

で、実践。フォーカス3ですね、今日も。

オアシス

オアシスです。どうやら荒野を抜けたようです。木陰の下で優しい風の漂う穏やかな湖面で冷たく清らかな水を救う自分を幻視しました。貧乏金なしとはいえ旅も人生も時には休憩が必要なようです。

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